最高裁判所第二小法廷 昭和42年(オ)740号 判決 1968年8月02日
上告人
三島清成
代理人
諫山博
被上告人
西日本鉄道株式会社
右代表者
楠根宗生
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担する。
理由
上告代理人諫山博の上告理由第一点ないし第四点について。
論旨は、要するに、被上告会社の就業規則(以下たんに就業規則という)八条所定の所持品検査には靴の中の検査が含まれるとして、上告人が所持品検査にあたり脱靴を拒否したことが就業規則の右条項に違反し、五七条、五八条の懲戒解雇事由に該当するとした原審の判断が、これら就業規則条項の解釈適用を誤り、憲法一一条ないし一三条、三一条、三五条に違反するものである、という。
おもうに、使用者がその企業の従業員に対して金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なう、いわゆる所持品検査は、被検査者の基本的人権に関する問題であつて、その性質上つねに人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業の経営維持にとつて必要かつ効果的な措置であり、他の同種の企業において多く行なわれところであるとしても、また、それが労働基準法所定の手続を経て作成・変更された就業規則の条項に基づいて行なわれ、これについて従業員組合または当該職場従業員の過半数の同意があるとしても、そのことの故をもつて、当然に適法視されうるものではない。問題は、その検査の方法ないし程度であつて、所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則その他、明示の根拠に基づいて行なわれるときは、他にそれに代わるべき措置をとりうる余地が絶無でないとしても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情がないかぎり、検査を受忍すべき義務があり、かく解しても所論憲法の条項に反するものでないことは、昭和二六年四月四日大法廷決定(民集五巻五号二一四頁)の趣旨に徴して明らかである。
いま、これを本件についてみるのに、被上告会社は、電車、バス等による陸上運輸業を営むものであり、かねてから、乗務員による乗車賃の不正隠匿を摘発、防止する目的をもつて、就業規則に八条として、「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」との規定を設け、右の「所持品」とは身に着けている物のすべてをいうとの見解のものに、乗務員の鞄等の携帯品や着衣、帽子および靴の内部にわたつて検査を行ない、相当の成果を納め、隠匿箇所も、着衣、鞄、靴の中が目立つて多かつた。ところが、昭和三三年八月頃、所持品検査の際における一検査員の態度が問題となつたところから、被上告会社と上告人の所属する西日本鉄道株式会社労働組合北九州地区支部との間において、同年九月下旬から一〇月下旬頃までの間三回にわたり話合いが行なわれ、その席上、右支部組合によつて所持品検査の際には脱靴すべきものとの従来の方針があらためて確認され、続いて昭和三五年三月四日、被上告会社から右支部組合に対し、従来靴の中の検査は必ずしも画一的に実施されてきたわけではないが、以後検査場の施設を改善することによつて規定どおり励行するから協力されたい旨を申し入れ、組合側もこれを了承し、なお、両者間において、右の旨を組合員に周知させる猶予期間を置くため実施は同月七日以降とすること、検査にあたつては乗務員の人権を尊重し、感情に走ることがないよう、会社側において監督者の教育を十分に行なうこと、人権問題が生じたときは労使協議会で話し合うこと等の申合せがなされ、組合側は、同月四日付けの機関紙にこれらの事項を掲載し、上告人を含む全組合員にその旨を周知徹底させた。そして、上告人の勤務する到津電車営業所においては、とりあえず、検査場に当てられている補導室のコンクリート床上に踏板を敷き並べ、入口の部分を除いて同室を板張りのようにして、検査員から指示がなくても自然に脱靴せざるを得ないような仕組みに改め、会社側提案の前記方法による所持品検査が、まず同月七日約四〇名の乗務員に対し、次いで同月一一日上告人ら四六名の乗務員に対し実施された。上告人は、被上告会社の電車運転士であつて、同日午後一一時二〇分頃の乗車勤務終了直後、同営業所乗客係河津三十郎より所持品検査を受けるよう指示を受け、補導室に赴いたが、靴は所持品ではない、本人の承諾なしに靴の検査はできない筈だといつて、上司たる検査員河内孝徳の指示があつたにもかかわらず、踏板の上に帽子とポケット内の携帯品を差し出しただけで、ついに脱靴には応じなかつた。なお、右河内は検査の直前、その上司から靴の中の検査も実施するよう指示されると同時に、行き過ぎや被検査者に対する感情の刺激のないよう、とくに注意され、右検査の際も上告人の感情を刺激しないように努めたもので、上告人のほか、所持品検査において脱靴を拒否した者はいなかつた。被上告会社は、上告人の脱靴の拒否が就業規則八条に違反し、五八条三号の「職務上の指示に不当に反抗し……職場の秩序を紊したとき」に該当するとして、同年七月二一日付けで上告人を懲戒解雇処分に付した。以上の事実は、原判決およびその引用する第一審判決の適法に確定するところである。
そして、脱靴を伴う靴の中の検査は、所論のごとく、ほんらい身体検査の範疇に属すべきものであるとしても、右の事実関係のもとにおいては、就業規則八条所定の所持品検査には、このような脱靴を伴う靴の中の検査も含まれるものと解して妨げなく、上告人が検査を受けた本件の具体的場合において、その方法や程度が妥当を欠いたとすべき事情の認められないこと前述のとおりである以上、上告人がこれを拒否したことは、右条項に違反するものというほかはない。また就業規則五八条三号にいう「職務上の指示」について、所論のごとく脱靴を伴う所持品検査を受けるべき旨の指示をとくに除外する合理的な根拠は見出し難い。そして、懲戒解雇処分にいたるまでの経緯、情状等に関する原審確定の事実に徴すれば、上告人の脱靴の拒否が就業規則五八条三号所定の懲戒解雇事由に該当するとした原審の判断も、所論の違法をおかしたものとは認めえない。
原判決には叙上と理由を異にする点はあるが、その結論は正当であり、論旨は、排斥を免れない。
同第五点について。
論旨は、本件懲戒解雇は解雇権を濫用したもので無効であるという。
しかし、原判決およびその引用する第一審判決の確定した事実関係のもとにおいて、解雇権の濫用は認められないとした原審の判断は是認することができ、論旨は採用できない。
なお、上告人提出の上告理由の記載は民事訴訟規則所定の方式を備えないので、判断を加えない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)